旅行予約完了
今年6月のハワイ旅行の予約全て完了しました。
ホテル:(HGVC)ヒルトン・グランド・ワイキキアン(1ベッドルーム)
航空券:JAL(往復)
レンタカー:ダラーレンタカー
旅行予約する時はワクワクしますね。
性格上ぎりぎりまで旅行予約穫れるかどうか分からないとか嫌いなんで、すべて料金発表当日に旅行予約しました。(結果的にはまだ空きはありますが)
ホテルは2年連続ヒルトン・グランド・ワイキキアン。
昨年はボーナスポイントがあったんで、1ベッドルーム・プレミアに泊まれましたが、今年からは、通常クラブポイントなんで、1ベッドルームが限界です。
でも、ワイキキアンに泊まれるだけで満足です。
航空券はダイナミックセイバー5のタイプC
レンタカーはダラーのコンパクトカー「らくらくプラン現地払い」+カーナビをホノルル空港から全日程。
今回初めてのレンタカーです。
昨年ノースまでバスで行きましたが、ゆったりしてて良かったんですが、やはり時間がかかりすぎるんで、行きたい場所を周り切れませんでしたので、今回はレンタカーでゆったりとオアフ島一周(反時計回り)にチャレンジ予定です。
旅行予約してからのエピソード
男6人で3泊5日のグアム旅行に行ってきたので書きます。
結論は、まぁ普通に楽しかった。
普通に楽しかったのだが、色々と波瀾万丈な旅行だった。
そこでその波乱万丈エピソードをいくつか書いてみます。
■旅行予約エピソード1〜最悪のホテル〜
旅行初日、グアムに到着してホテルに向かった。ホテルの名はロイヤルオーキッドグアム。
このホテルは旅行予約の際に3種類あったグレードの中でも一番高いグレードのホテルだ。
俺を初め他のみんなもなんだかんだで期待していた。と思う。
ホテルに到着。俺たちは飛行機での長旅であったことや、グアムに到着したのが朝の3時頃だったということもありとても疲れていた。
速くホテルのベットで寝て次の日からの旅行に備えたかった。
だがしかし・・・
ホテルのフロントの女性がこんな事を言った。
「申し訳ありません。ご旅行予約いただいたお部屋3部屋の準備がまだできていません。」
こんな事日本では絶対にあり得ない!!と呟きながらも俺たちは仕方なく待った。
そしてしばらくして、フロントの女性がやってきた。
「お待たせしました。一部屋だけ準備が出来ました。残りの2部屋が準備できしだいお部屋に連絡に伺いますのでそのお部屋でお待ちしていただいてよろしいでしょうか?」
一部屋だけかよ!!という心の声を押し込めて仕方なくその部屋で残りの2部屋が準備出来るのを6人で待った。
しばらくして、部屋に人が来た。
「もう一部屋準備が終わりました。」と言って鍵を渡してきた。
やっと2部屋かよ!!と思いつつ残り一部屋が準備できるのを俺たちは待った。
とにかく、眠さをこらえてひたすら待った。
だがしかし、どれだけ待っても残りの一部屋が準備できたという連絡がこなかった。
そうしているうちに旅行予約メンバーの1人、常見君がこんなことを言った。
「この部屋、ベット3つあるよね?俺たち6人だし、もしかしたら部屋2つしか用意されないんじゃない?」
「そんなはずはない。だって最初に3部屋用意するって言ってたじゃない。」と呟きつつ、恐る恐るフロントに連絡した。
案の定、部屋は2つだった。
色々むかついたが、とにかく疲れていたし、確か朝の6時位になっていたので俺たちは文句も言わず2部屋に別れてその日は寝た。
旅行予約は慎重にしなきゃ。
翌日、俺たちは旅行であるにもかかわらずお昼頃に目を覚ました。
時間を無駄にした気分で、旅行初日からテンションがた落ちだったが、とりあえずグアムと言ったら海だろうと考え、海に向かった。
しばらく海に入った後俺たちはいったんホテルに戻った。シャワーを浴びる為だ。
だがしかし、そこでまた最悪ホテルの洗礼を受けることになる。
シャワーのお湯がでない。ほぼただの水であるかのような温度の水しかでなかった。これは3泊の間ずっとだった。
こんな事の日本では絶対にあり得ない!!と思いつつも仕方なくそのシャワーで3日間我慢した。
俺たちが暖まる手段は3泊の間ずっと、天然の日光だけであった。
■旅行予約エピソード2〜質の悪いサービス業〜
シャワーを浴びた後、俺たちは近くにある旅行予約で決めたアウトレットモールに向かった。
そのアウトレットモールでサービス業の質の悪さを痛感する。
気に入ったTシャツを見つけレジに向かった。
しかしレジには長蛇の列が出来ていた。
だがしかし、レジは10個ほどあり、暇そうにしている店員さんも結構いたので、すぐ買えるだろうと考え、俺はその行列に並んだ。
すぐにその考えが甘かったことを思い知らされる。
おそらくTシャツ1枚を買うために約30分は並んだ。
それくらいグアムのサービス業は仕事が遅かった。
行列に並びながら俺は色々観察していたが、とにかく店員は動きが遅かった。
また、あろう事か、長蛇の列が出来ているのにもかかわらず、10個ほどあるレジを4つくらいしか動かしていないのだ。
店員の数が足らないのであるなら分かるが、それは違う。
レジの後ろの方で暇そうに笑いながら何かを話してる店員が何人もいた。
言葉は分からないので、何を話していたのかは分からないが、どう見ても暇そうに見えた。
こんな事日本では絶対あり得ない!!と俺は思いながらも仕方なく30分並んでTシャツを購入した。
その他にも、トイレの汚さ=清掃率の低さや、これはサービス業ではないが、夜のコンビニに行ったときに警察官が普通にコンビニでたむろしていた時などは仕事全体としての質の悪さを感じた。
■旅行予約エピソード3〜激マズ料理〜
旅行2日目、俺たちは旅行予約で決めたホテルやサービス業の質の悪さのせいでテンションがた落ちだったが、何とかテンションをあげようと頑張っていた。
そして夜になったので、俺たちはグアムで有名な、免税店などが立ち並ぶ町にくり出した。
とにかくおなかが減っていた俺たちは、がっつりとステーキでも食べようとレストランを探していた。
しばらく歩くと、かなり混雑しているレストランを発見し、俺たちは、「ここだ!」と即決し、その店に予約して入った。
その店で一番高い、27ドルのステーキ、1人が15ドルのステーキ、残りの1人はハンバーグを注文した。
初め一番高いステーキを注文した3人は、日本円にして約2500円のステーキと言うこともあり、かなりの期待をしていた。
そしてしばらくして、1人目の高級ステーキが届いた。
その子に期待を込めて聞いた。
「どう?2500円のステーキは?」
聞かれたその子は苦笑いしながらこう言った「うーん?なんか苦い。」
「まさか2500円のステーキがそんな訳ないだろう」思いながら、届けられたステーキを食べた。
一口目は俺的にはさほど苦くはなかった。
だけど、とにかくまずかった。
おそらく最初に食べた子も本当はまずいと言いたかったと思う。
だけどまだ食べていなく、期待して待っている俺たちを失望させまいと、
最大限に気を使い「苦い」と言ったのだろうと俺は感じた。
もうとにかく文面ではうまく表せないほどまずかった、
ガストの500円のハンバーグと同じ値段で食べられたとしても俺はガストのハンバーグを選ぶ。
それぐらい不味かった。
そしてさらに最悪なのが、15ドルのステーキの方がおいしかった事だ。
25ドルのステーキを頼んだ3人は、25ドルのステーキが不味いと言うことは15ドルのステーキもさぞかし不味いのだろうと考え、15ドルのステーキを一口ずつ貰った。
それもそこまで美味しいという訳ではなかったが少なくとも25ドルのステーキよりは美味しかった。
安いモノが高いモノより美味しい!?
そんなこと日本では絶対ない!!と呟きながら俺たちは渋々最後まで食べた。
もうテンションがた落ちだった。
いつもは会話の弾む6人だったが、その食事の後はほとんど会話がなかった。
ついでに言っておくとこのレストラン、チェーン展開しているらしく日本にもあるらしい。
みんなには絶対行って欲しくないので名前を教えておきます。
FRIDAY’Sというレストランです。
とにかく不味いので行かない方が良いと思います。
旅行予約の参考にしてね。
■旅行予約エピソード4〜敗北感・劣等感・負の連鎖〜
時間は少し戻って、旅行予約初日。
成田空港からグアムに飛び立とうとしている飛行機の中で、俺たちはこれから始まるであろう楽しい旅行に期待せずにはいられなかった。
その飛行機の中でなぜそこまで、期待できたのか。
それは、おそらく俺たちと同じく卒業旅行をするための女子学生達がたくさんいたからだ。
男女比率で言うとおそらく男子3、女子7くらいだったと思う。
それくらい女子がたくさんいた。
男6人での旅行であったので、「これはなにかあるのでは?」
と期待をしていた。
あんな敗北感・劣等感を味わうとは知らずに・・・
グアム空港に到着した俺たちは、早速ホテルまでの旅行予約の送迎バスに乗り込んだ。
そこで驚きの光景を目にする。
「男しかいない!?」
グアム空港からは各ホテルに送迎するバスにみんな乗り込むのだが、俺たちが乗り込んだバスにはあれだけいた女子が見事に1人もいなかった。
そしてつまりこれは、泊まるホテルには女子が泊まらないと言うことを意味していた。
隣のバスには丁度良いバランスで男子と女子が乗っていた。
このバスが向かう旅行予約ホテルはきっと楽しいに違いないと俺たちは早速敗北感を味わった。
この時からなにか言いしれぬ不安を俺たちは感じ始めていた。
ホテルに到着し、一晩経ち、俺たちは「海に行くしかない!」
と考えた。「海に行けばきっと女の子がいる!そこで仲良くなればいい!」
そう考え海に向かった。
そこには誰もいなかった。
適当に向かったビーチが悪かったのか、そこには人がほとんどいなかった。
ちょっと先のビーチに人影は見えたが、ほとんどが家族連れだった。
あんなに飛行機内にいた女の子達はどこに行ってしまったのか、あの飛行機内で見た光景は幻だったのではないかと疑い始めるくらいだった。
この時になるとすでに、バスに乗車したときの感じた言いしれぬ不安が確信に変わりつつあった。
その夜、最後の望みをかけてグアム最大級のCLUBに行った。
人生初のCLUBだった。
そのCLUBは、この卒業旅行シーズンの間は毎晩の用に日本人大学生が集まるらしく、大抵の旅行中の日本の男女はここで友達になるらしい。
その情報に賭けてそのCLUBに行った。
さすがに女の子もたくさんいた。だが同時にイケイケな男達もたくさんいた。
CLUBというものがどういうものだかまったく知らなかったのだが、お酒を飲んでテンションをあげて踊って騒いだりして仲良くなるものがCLUBというものだということが、中に入ってすぐに分かった。
CLUB経験者の友達もそれは重々承知だった。
だが俺たち(特に俺)はまったくテンションが上がらなかった。
よく思い出して欲しい。ここまで書いた日記の中で俺たちがどれだけテンションを落としたかを。
最悪なホテル。最悪なサービス。最悪な激マズ料理。
そしてバス、ビーチでの敗北感。
俺たちはテンションをあげることが出来なかった。
特に俺は、CLUBで一度も立ち上がって踊ることをしなかった。
ただ座って、楽しそうに踊り、騒ぐ男女を見ていた。
またここでも敗北感・劣等感を味わった。
そう。あのバスに乗りこんだ時に感じた不安は本物だったのだ。
そうこのCLUBで確信した。
そして、この時から負の連鎖が始まった。
俺たちはCLUBに最後までは到底残れず。
早めに引き上げた。
その帰り道、大通りの歩道を反対側に渡った。
そのとたんにわたる前の歩道を女の子の集団が歩いていった。
次の日、今度はしっかりと調べ、若者が集まるビーチに向かった。
そこに向かうバスの中、9割が男子だった。
到着し、女の子がたくさんいた。
一応なにかある事を期待してみた。
だけど、なにもなかった。
バナナボートに乗った。全員男だった。
旅行予約の水上バイクを体験した。
知らない男女が半々ぐらいで合わさって乗り方などを教わっていた。
だけど俺たちがやる回はなぜか、男が9割だった。
しかも現地のインストラクターの男性に「オーノー!!オトォコォノばっかぁー!!やぁだねー!!」と片言で言われた。
その後もこういう事ばかり続いた。
移動の為に乗るバスではいつも男子ばかり。
バス停に女の子がたくさん乗ったバスが到着し、やっと運がきた!と思い乗ろうとしたら友達の1人が乗車券を部屋に忘れていてそいつが取りに戻るせいでそのバスには乗れず、次に来たバスは男ばっかりだたった。
とにかく敗北感・劣等感の負の感情の連鎖が続いた。
本当は旅行中の日本人学生のほとんどが毎晩通うはずのCLUBにも1回行ったきり行く気が起きず、行くことはなかった。
帰りの飛行機、飛行機内には女の子がたくさんいた。
「やっぱり女の子はグアムにいたんだ。」と
旅行予約してからの運の悪さを認識して帰国した。
イタリア旅行予約
イタリア旅行予約して3日目 この日はヴェネツィアを半日観光して フィレンツェへ移動する予定だ
旅行予約したヴェネツィアに向かうバスの中であくびを噛み殺していた
昨日はヴェローナからバスで ヴェネツィアに程近いメストレのホテルに移動し宿泊した
とてもきれいなホテルだった
バスタブはカーテンではなくガラス板を張っていてオシャレな感じで 結構気に入っていた
が 夜中に自室のトイレの水がチョロチョロと流れていて その音であまり眠れなかった
ホテルを移動すると チェックイン後に添乗員さんが各部屋のトイレ 電気 お湯 バスタブの有無を電話で確認してくる
部屋に入った直後は特に異常はなかった
しかし夜中に一度トイレに起きて 水を流そうとした後から その音が止まらなくなってしまった
しかも全く流れず
いや 多分少しずつ流れているのだろう
朝には便器はキレイになっていた
しかし 夜中に音姫聞きっぱなし状態
何の罰ゲームだ
用を足した直後は
「ついに旅行予約したイタリアの流儀の洗礼を受ける羽目に・・・」と思いつつも どうせ明日の朝にはチェックアウトだと高を括って無視していた
まさか 一晩中流れっぱなしになるとは・・・
かなりキレイなホテルだからと安心していたのに・・・
そんなわけで 既に観光気分ではない僕
そもそもヴェネツィアには正直 期待していなかった
目的はフィレンツェ そしてローマだからだ
船でヴェネツィア サン・マルコ寺院の近くまで移動する
朝日に浮かぶモスク風の建物のシルエットが美しい
旅行予約の際に決めた船着場ではヴェネツィア現地ガイドのシルヴァーノさんが待っていた
イタリア語では 名詞の最後の母音が「ア」で終わるか「オ」で終わるかで男女の区別をしている
シルヴァーノさんは男性だ
警察は「ポリツィーア」
女性のようだ
なぜかはわからない
シルヴァーノさん 通称「銀ちゃん」は流暢な日本語で喋り始めた
昔 日本の大学に通っていたらしく
ここは日本でいう六本木だ とか 新宿二丁目だ とかいろんな意味で説明がわかりやすいので有難い
サン・マルコ寺院の隣 ドゥカーレ宮殿では制限が多く 入れない場所が多かった
見学できない所があると
「ゴメンネ」と言う
この「ゴメンネ」の発音が僕は大好きだ
「ゴメンネ」という言葉を好きになってしまいそうなトーンで「ゴメンネ」を連呼する銀ちゃん
「でも此処は 見ても全然面白くないから」
旅行予約ガイドのクセにそんなことを平気で言う
宮殿内には昔の裁判所やら立法府やら つまり政府の機関として使われた場所がある
かなり大きな建物で 天井はほぼ木造だ
ヴェネツィアは周知のとおり 「水の都」と称される
町の中をいくつもの河が通っていることがその理由で 美しいがその反面 深刻な地盤沈下と浸水に悩まされている町でもある
建造物に木が使われるのは 軽量化が目的だ
だが 素材が石だろうと木だろうと装飾には手を抜かない
装飾の多くは ライオンを象ったものだった
ヴェローナの宗主国である 此処ヴェネツィアの守護聖人サン・マルコの象徴が有翼のライオンだからだ
また「マルコ」の名を持つ人は 大抵ヴェネツィア出身かその血筋だそうだ
そういえば 旅行予約のマルコ・ポーロもヴェネツィアの出身だった
イタリア人が如何に自分の故郷を大切にしているのかがうかがえる
「ちびまるこは関係ありません」と銀ちゃんの不意打ちが入る
銀ちゃん・・・アンタ天職を見つけたな
そうして繁栄を極めたヴェネツィアに攻め入り 銀ちゃんを含む多くのイタリア人から嫌われるのが フランス皇帝ナポレオンだ
彼はヴェネツィア攻略の際 ライオンの像を破壊して回った
それが今でもイタリア人の 特にヴェネツィア人のフランス嫌いの原因になっていると銀ちゃんは語る
フランス人の旅行予約ガイドを請け負うときは 超適当らしい
ドゥカーレ宮殿の政府の機関を抜けると 石牢に出た
裁判所の隣が牢獄とは よくできている
牢へと続くため息橋
石牢はそれなりに広さがあったが それだけに冷たさを感じる
収監されたわけでもないのに あまりいい気分はしなかった
銀ちゃんはしきりに
「脱獄 脱獄」
と言いながら武器庫へ向かった
武器庫の武器はどれも本物だけあって とても痛そうだ
日本刀の美しさとは一線を画している気がする
まさに凶器 人体を破壊するためだけに作られた刃物といった感じだ
と 銀ちゃんがイチオシの武器・・・というか道具を見せてくれた
貞操帯だ
しかも鍵付き
戦地へ赴く夫が 自分の留守中 妻が浮気しないようにこれを装着させ鍵をかけて出陣したらしいのだが 夫が戦死した場合 妻は困ったことになる
しかもこれを着けたまま 日々のトイレも済ませなくてはならないのだから 当時の女性は本当に困っただろう
えげつないのは その形状で 前と後ろの穴の部分の周りに 外に向かって牙が生えているというデザインだ
「これを装着せずに夫を送り出すには 出陣前に妻が極度に太れば良い」と銀ちゃん
そういう問題ではないだろう
銀ちゃんは楽しそうだ
やはり昔から旅行予約の際のイタリア人は根が暗い
続いて 銀ちゃんの旅行予約の案内でサン・マルコ寺院へ向かう
あまり好きではない寺院だ
なんというか無骨な柱に無理矢理装飾を施してあるし 金とガラスをちりばめたモザイク壁画も どことなくチャチな印象を受ける
更に 地盤沈下のために床が波打っていて 歩いているだけなのになんだか酔ってしまった
銀ちゃん節に誤魔化されていたが 僕はかなり寝不足だ
旅行予約でヴェネツィアに期待してなかったのは サン・マルコ寺院のイメージが強かったせいだろう
現在 改修中で 日本でいう宮大工の皆さんたちが頑張って修復作業に勤しんでいた
だが 申し訳ないが やはり僕はこの寺院は好きになれない
宮大工さんたち ゴメンネ
残念ながらガラス工房見学と同時に 銀ちゃんと別れを告げる
やはり皆 銀ちゃんが好きになったようだった
しかし眠い
ガラス工房見学の後に乗ったゴンドラの心地良い揺れと 船頭が歌う怪しげな日本語の歌が眠気を誘う
旅行予約した時から、半覚醒状態で30分ほどゴンドラに揺られ 昼食を取った
昼食はイカ墨パスタと海鮮の揚げ物だ
皆 食事のときの飲み物はワインを飲んでいる
僕はオレンジジュースだ
飲めないわけではないが アルコールが入ると眠くなるし すぐにいろんな感覚が狂うので 旅行中は一切飲まなかった
加えて今は寝不足だ
ゴンドラで少し寝ていたのか 朝よりだいぶマシだが 今飲むとこの後の自由行動は寝て過ごすことになる
しかしなぜか僕だけ飲み物が来ない
しばらく待ったが 持って来る気配がないので 女性の従業員に手を振って呼ぶ
何を勘違いしたのか 彼女は楽しそうに手を振り返して笑っていた
可愛いけど少しイラッときた
僕は眠いのだ
食後は自由時間だ
今回はちょっと長めだ
僕は一人で散歩に出かけた
ゴンドラ乗り場付近で見つけたアクセサリー屋でアクセサリーを買い マルコ・ポーロの家が見えるリアルト橋付近を散策した
次の旅行も予約した。
天気は快晴 カモメとハトが空を舞い 優しい海風が頬を撫でる
『街角の子供達』という曲がピッタリな街だ
僕は自然と口笛を吹きながら 桟橋沿いを気の向くまま歩いた
普段はそんなことはしない
だが ここにいると とても大きな開放感に包まれる
風さえ特別に感じる
純粋に「楽しい」と思った
「楽しい」というのは笑顔でいることと同義ではない
僕はどちらかというと笑顔でいることの方が少ないので よく人から誤解される
「楽しくないの?」
とか
「怒ってるの?」
などと訊かれることがある
別にそういうわけではないのだが 説明下手と面倒くさがりな性分が手伝って あまり理解を得られない
理解されない者は孤独だ
慣れてしまえばそうでもないが 一般的に孤独であることは寂しく辛いものだ
だから銀ちゃんのように 初対面であっても一瞬で人の心を掴むことのできる人は 本当に凄いと思う
それは彼の人徳であり 彼の最大の魅力だ
恐らく僕には生涯 手にすることのできないものだが 此処へ来て それも良いと思った
少なくとも 一人であることが辛いとは感じなかった
一人でも「楽しい」からだ
勿論 笑顔になることはあまりないかも知れないし 失ったり得ることのできないものも多かろう
けれど 自分のやりたいことに夢中でいられることや 自分で考え 目指す方向へ行こうとすること自体が楽しい
どうしたらうまくいくかを探し 失敗することさえ楽しいのだ
むしろ 失敗のない道だったら飽きてしまうだろう
僕は時々 長距離を走るが そのときの感覚とよく似ている
ただ 走るためだけの自分になるという感覚
他人とではなく 自分と対話している感覚
より深いところの自分と分かり合える喜び
自分の内に内にと詰めていくような生き方が 僕は好きだ
自分はこれで良い と思った
他人に理解してもらう理由もない
これは自分にとっての自分自身の価値なのだから
それを大切にしたいし 大切にすることが大事だ
そう思えたことは 今回の旅行予約での 僕にとっての最大の収穫だ
期待もしていなかったヴェネツィアという町に とても感謝している
ヴェネツィアに別れを告げ バスでフィレンツェへ向かう
ヴェネツィアからは南へ260kmも移動しなければならない
バスの運転手も楽じゃない
しかし バスの運転手の待遇は 日本より遥かに良かった
イタリアではバスの運転手は2時間に1回 30分の休憩をしなければならず 拘束時間も法律できっちり決められている
これに反すると 翌日は仕事をしてはならない
ちゃんと運転手のケアができている国だ
移動中 添乗員さんからそんな話やラ・クリマ・クリスティ(キリストの涙)というワインの話 都市毎に観光客から一人頭4ユーロ程度の人頭税(City tax)を取るにも関わらず
客足が途絶えないという話を聞いた
旅行予約もいっぱいだね。
休憩を兼ねて 立ち寄った革製品工房では 日本人のお姉さんが案内してくれた
イタリアには こうして日本から来て働いている人が多い
僕がヴェネツィアで感じた「楽しさ」を 僕の他にも感じている人がいるのだろう
きっと日本とイタリアでは 人の生き方そのものが違う
だからかどうかはわからないが イタリアで日本語を聞くと なんだか安心するような現実に引き戻されたような複雑な気分になる
単に使ってみたかったという理由だけで 日本で両替したトラベラーズチェック(小切手)にサインし 革製品のお土産を買い ホテルに着く頃には すっかり日は落ち 皆疲れ果てていた
明日の予定を確認し 部屋の鍵が渡される
と 鈍器のような鍵を渡された
いや 鍵そのものは小さい普通の鍵だが ストラップがでかい
持ってみるとムダに重い
使い方次第では 人も殺せるストラップだ
外すのも億劫なので 仕方なく部屋のドアに差し込む
開かない
回しても手応えがない
何だコレ と思って見回すと どうやら僕だけではなかったようだ
皆 苦戦している
そのうち一人が見事開錠に成功した
なんと 用途が分からなかった鈍器を使い テコの原理を利用して無理矢理開錠しなければならないようだ
別に開けばなんでもいいのだが 絶対いつか鍵の方が折れて 弁償させられる客が出てくるに違いない
周期の長いロシアン・ルーレットのようだ
鈍器をベッドに投げ出し さっさと寝た。
旅行予約下から次も楽しみだ。
パリ旅行予約
成田を発った飛行機の中で 僕は時間を持て余していた
昼過ぎに成田を飛び立ったのだが 機内食後 特に眠くもないのに機内はおやすみモードにされてしまったのだ
普段なら昼食後は眠くなるのに 座ったままでいるせいか眠れない
旅行予約の時はここまで読めなかったな。
別に興奮していたわけではない
いくら憧れの地へ行けるとはいえ あの衝撃からずいぶん時間が経っている
僕はいたって冷静だった
何しろパリまで12時間半かかり 更に乗り継ぎでミラノまで2時間かかる
興奮も冷めようというものだ
窓を閉めているはずなのに いつまで経っても外の光が隙間から入るので時間の感覚がない
気づくと日本時間は20時を過ぎていた
腹も減っている
周りの席はに知らない人に囲まれている
人見知りで口下手な僕が 自分から話しかけられるわけがない
しかも右の席はフランス人だった
別に日本人だろうとフランス人だろうと どうせ話すことはないのだが・・・
機内には各席にモニタがついていて 映画やゲームが楽しめるようになっていたが すぐに飽きてしまった
そういえば 今回は団体ツアー旅行なのだが 何人くらいいるのかも知らない
成田で添乗員さんに会った後 僕はさっさと税関をパスして出国手続きまで済ませ 搭乗口で音楽を聴きながら出発まで時間を潰していたからだ
同じツアーの参加者に会うのは パリが最初ということになる
どんな人たちと一緒に8日間過ごすのだろう
普通 友達同士とか夫婦で参加するものなのだろうが 僕は一人で参加している
ボッチ臭がプンプンする
何しろ僕は人見知りで口下手だからな
それは別にいいが そのことで気を遣われる方が僕としては痛い
なるべく気配を消して行動しよう
そんなことを考えていると前のシートの間から 現在地の地図がチラッと見えた
フィンランド上空だ
僕はモニターを機外カメラに切り換えた
が 真っ白で雪だか雲だかわかりゃしない
時々 川らしきものが見えるくらいで 「フィンランドに来た!」という実感はなかった
本当にヒマだ
メシの時間だけが楽しみだ
アコムマスターカードで支払いをするだけだし。
と 通路をフランス人の子供とママンが探検していた
彼もヒマなのだろう
子供にとって 狭い機内に12時間半はキツい
その後 彼は何度も何度も現れた
言葉は交わさなかったが 目が合ったので手を振っておいた
パリ到着まで一時間を切ったとき ようやく2回目の機内食が来た
フランス人のCA(男)が注文を訊いてきた
「ムッシュ 何になさいますか?」
顔が近い
ムッシュなどと呼ばれたのは初めてだ
何か照れくさいというか気まずいので適当に注文した
どうも欧米式には慣れない
有難いことに 飛行機は予定よりかなり早くシャルル・ド・ゴール空港に着いたのだが 12時間半も11時間も正直大して変わらない
もっと高速で移動できる手段が欲しいな と思いながらタラップを降りた
また旅行予約したい。